友だちができないと思ったときも、あせらなくて大丈夫。時間がかかることもあります。 友だちは宝ですから、スポーツでもなんでも、自分が興味を持ったことをやってみると、きっと友だちは増えると思いますよ。
どうやったら友だちがたくさんできるの?(小1・男子)

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日本語教育専門家・実践家
嶋田和子さん
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『奇跡のリンゴ』農家
木村秋則さん
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登山家
渡邊直子さん
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元郵便局員・『41歳の東大生』著者
小川和人さん
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ドキュメンタリー監督
山崎エマさん
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詩人
伊藤比呂美さん
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サッカー元日本代表
中村憲剛さん
昭和21年東京都生まれ。津田塾大学英文科卒業。外資系銀行に就職後、専業主婦を経て日本語教師となる。平成2年から国際青年交流学園イーストウエスト日本語学校に勤務。副校長まで務めた後退職。現在はアクラス日本語教育研究所代表理事、日本語教育学会監事、杉並区交流協会評議員および日本語教室統括コーディネーターなどに携わっている。著書『外国にルーツを持つ女性たち』(ココ出版)は、日本人と結婚した外国人女性たちの、文化の違いをパワフルに、前向きに乗り越えていくノンフィクション。『できる日本語』シリーズは、新しい日本語教育を目指して作成された教科書。
A
相手のことをわかろうとすること
取材・文/Questionary編集部
昭和21年東京都生まれ。津田塾大学英文科卒業。外資系銀行に就職後、専業主婦を経て日本語教師となる。平成2年から国際青年交流学園イーストウエスト日本語学校に勤務。副校長まで務めた後退職。現在はアクラス日本語教育研究所代表理事、日本語教育学会監事、杉並区交流協会評議員および日本語教室統括コーディネーターなどに携わっている。著書『外国にルーツを持つ女性たち』(ココ出版)は、日本人と結婚した外国人女性たちの、文化の違いをパワフルに、前向きに乗り越えていくノンフィクション。『できる日本語』シリーズは、新しい日本語教育を目指して作成された教科書。
1949年、青森県中津軽郡岩木町で農家の次男坊として生まれる。木村さんのリンゴの無農薬栽培への挑戦と成功を記録した本『奇跡のリンゴ「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』が大ヒットし、以降世界中からたくさんの人々が木村さんの知恵を借りるため、木村さんの元を訪れる。今も変わらず自然の中で畑仕事に精を出す日々。
A
自分から飛びこめばいい
今私、障害のある人たちが自立できるように、農業を通して支援活動をやってるんですけれども、最初はなかなかまわりになじめない子どもたちがいます。でも、一緒に作業をしていくうちに、カベがとれて仲間になっているんです。
だから自分から飛びこめばいいんですよ。
取材・文/Questionary編集部
1981年福岡県大野城市生まれ。3歳から登山やサバイバルキャンプを始め、小学生になるとアジアの子どもたちといっしょに中国の無人島でキャンプしたり、4年生で雪山登山を経験し、12歳で4700mの山に登頂するなど、冒険に慣れ親しんだ幼少期を過ごす。現在は看護師として働きながら、ヒマラヤ(ヒマラヤ山脈やカラコルム山脈)に14座ある標高8000m超の山々に挑む。現在13座に登頂すみで、あと1座(シシャパンマ)を登ると日本人女性初の全座制覇の偉業となるが、「それは通過点。子どもたちをヒマラヤに呼んで、冒険できる場を提供していきたい」と語る。
A
たくさん作らなくていいです
私の親友に、ヒマラヤで出会ったシンガポール人のおじさんがいます。彼は私に興味を持って接してくれて、たとえ喧嘩したり、私が言いたいことを全部言ったりしても、嫌いにならず受け止めてくれるし、私のいいところもダメなところもわかってくれている。それと、エベレストを登れたのは彼のおかげなんです。エベレストの頂上に登る道って、みんな無風の晴れの日に登ろうとするから渋滞します。待ってるあいだ酸素も無くなっていくし、結構大変なんです。だけど、彼が「直子は強いから、少し風が強いけど前の日に一緒に行かない?」と誘ってくれて。それで登頂できたので、自信にもなりました。
自分のことを深く理解してくれる人がひとりいるだけで十分だと思います。
取材・文/Questionary編集部
1956年、千葉県市川市生まれ。1980年、明治学院大学社会学部卒業。証券会社勤務、学習塾講師、教材制作会社勤務を経て、1988年、江戸川郵便局集配課(現日本郵便株式会社)に勤務。1997年、41歳で東京大学に入学し、2001年に卒業。郵便局で働きながら東京大学を受験、合格し、4年間通ったその経験をまとめた著書『41歳の東大生』(草思社)が話題に。2016年に日本郵便株式会社を定年退職。家族は妻と息子ふたり、孫ひとり。
A
自分が輝けば、しぜんと人が集まってくる
まずは友だちを作ることなんて考えないで、自分が好きなことに集中して取り組んだらどうかな。そこで自分が輝けば、しぜんと人が集まってくると思う。だから、まずは自分が輝こう。自分を好きになって、自分で自分の友だちになろう。そうすれば、きっとたくさん友だちができる。ぼくはそう思う。
そもそも本当の友だちってなんだろう。
ぼくは、自分がつらいときに、何も言わないでも離れないでいてくれるのが本当の友だちだと思う。
ぼくは大学時代を共に過ごした、20歳のときからのつきあいの友だちがひとりいる。ぼくは、大学を卒業した24歳から郵便局に入る32歳までのあいだに、体調をくずして3回仕事を変えている。そんなとき、彼は何も言わずに、いつもと変わらずそばにいてくれて、ぼくの話を黙ってきいていてくれた。何も変わらなかった。そして、深いところでぼくを信用してくれているのがわかった。本当の友だちって、そういうことだと思う。
取材・文/Questionary編集部
神戸生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持つ。大阪の小学校に通い、神戸のインターナショナルスクールを卒業後に渡米。ニューヨーク大学映画制作学部で映画を学ぶ。代表作に『モンキービジネス: おさるのジョージ著者の大冒険』(2017年ロサンゼルス映画祭でワールドプレミア。日本で2018年劇場公開)『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』(2019年にアメリカ最高峰のドキュメンタリー映画祭DOC NYCでワールドプレミア。2020年米スポーツチャンネルESPNで放送、日本で劇場公開)。現在公開中の『小学校〜それは小さな社会〜』の舞台は、世田谷区立塚戸小学校。生徒たちの1年間の様子を撮影し、日本の学校ならではの習慣をナチュラルにとらえた映像は、フィンランドやドイツなどでもロングランヒットを記録している。小学校教育で「日本人」がつくられることがよくわかる作品。
A
「何してるの?」って聞いてみる
大人になってもそうですけど、相手のことを考えると友達が増える気がします。
逆に、自分のことばかり考えていると、友達はできないんじゃないかな。
だから、まずは相手に興味を持って「何してるの?」って聞いてみて。
取材・文/Questionary編集部
神戸生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持つ。大阪の小学校に通い、神戸のインターナショナルスクールを卒業後に渡米。ニューヨーク大学映画制作学部で映画を学ぶ。代表作に『モンキービジネス: おさるのジョージ著者の大冒険』(2017年ロサンゼルス映画祭でワールドプレミア。日本で2018年劇場公開)『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』(2019年にアメリカ最高峰のドキュメンタリー映画祭DOC NYCでワールドプレミア。2020年米スポーツチャンネルESPNで放送、日本で劇場公開)。現在公開中の『小学校〜それは小さな社会〜』の舞台は、世田谷区立塚戸小学校。生徒たちの1年間の様子を撮影し、日本の学校ならではの習慣をナチュラルにとらえた映像は、フィンランドやドイツなどでもロングランヒットを記録している。小学校教育で「日本人」がつくられることがよくわかる作品。
1955年東京都生まれ。78年に『草木の空』でデビュー、80年代の女性詩ブームを牽引。結婚、出産を経て97年に渡米。詩作のほか小説、エッセイ、人生相談など幅広い創作活動を行っている。『河原荒草』で高見順賞、『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』(講談社文庫)で萩原朔太郎賞・紫式部賞を受賞したほか、『道行きや』(新潮社)、『いつか死ぬ、それでも生きる わたしのお経』(朝日新聞出版)、『対談集 ららら星のかなた』(谷川俊太郎氏との共著)など著書多数。
A
クラスの中ではものすごく孤立していました
逆に、友達はたくさん作らなくちゃいけないですか?
私は、友達はあまりいなかったんです。
小学校5年生のとき、清水先生という担任がいました。
今でいうADHDやASDといった特性を持った子どもたちをクラスで積極的に受け入れ、教えていました。
私は体が大きく、成績もよかったので、先生には評価されていましたが、クラスの中ではものすごく孤立していました。
そんなとき、先生は「伊藤、頼むな」と言って、クラスでいろいろなことをみんなと同じようにできない子をいつも私のパートナーにしたんです。
そのうちのひとりで、とくに仲良しになった子がいました。
その子はなんでもできる優等生でしたが、後になって知ったのは、彼女が登校拒否をしていたということ。
私はそんなこととは知らず、ただ一緒に遊んでいただけでした。
今思えば、先生は私を助けようとしていたのかもしれません。 私がひとりぼっちだということ、でも実は誰とでも仲良くなれる力があることを、先生は見抜いていたんでしょうね。
だから、たくさんではないけれど、大切な友達ができて楽しかったです。
大人になってからも、親友と思える人ができることはあります。 でも、10年一緒に過ごして、次の10年は会わないこともある。 そして、また再びつながることもある。
でも、それでいいんじゃないかなと思っています。
取材・文/Questionary編集部
1955年東京都生まれ。78年に『草木の空』でデビュー、80年代の女性詩ブームを牽引。結婚、出産を経て97年に渡米。詩作のほか小説、エッセイ、人生相談など幅広い創作活動を行っている。『河原荒草』で高見順賞、『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』(講談社文庫)で萩原朔太郎賞・紫式部賞を受賞したほか、『道行きや』(新潮社)、『いつか死ぬ、それでも生きる わたしのお経』(朝日新聞出版)、『対談集 ららら星のかなた』(谷川俊太郎氏との共著)など著書多数。
1980年10月31日生まれ。中央大学卒業後、2003年に川崎フロンターレに加入し、同年Jリーグ初出場。以降、現役生活18年をすべて川崎で過ごし、Jリーグ通算546試合出場83得点を記録。司令塔として3度のJ1優勝に貢献し、Jリーグベストイレブンに8度選出、2016年にはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本代表では68試合出場6得点。2010年南アフリカ・ワールドカップ出場。2020年に現役を引退。以降、川崎フロンターレ・リレーションズ・オーガナイザー(FRO)やJFAロールモデルコーチ、解説業など、幅広い分野で活躍中。
A
相手の話をしっかり聞くこと
初めての人と接した時、僕は自分からあまりペラペラしゃべらないようにしていました。
もちろん自分の主張はするけど、どちらかというと話を聞く側でした。
小学生の頃って、自分の思ったことを一方的に伝えがちじゃないですか。
でも、コミュニケーションはお互いが話して初めて成立するもの。
だから、まわりに人が集まる子や友だちが多い子は、きっと相手の話をしっかり聞ける子なんだと思います。
取材・文/Questionary編集部