ドイツ・ベルリン
「私の働いているベルリンの保育園はクラス分けをしていなくて、『違う年齢の子たちと一緒に遊んで学び合う』というコンセプトなんですが、とにかく子ども個人の意見を尊重します。例えば、外に行きたい子は行っていいし、行きたくなければ教室で遊んでいていい。その日のお腹の空き具合でランチの時間も選べます。私の妹の子どもが今日本で保育園に通っていて、たまに運動会や保護者向けの発表会の様子を写真や動画で見せてもらうんですが、すごいですね。ここではそういう発表会みたいなものは基本的にないし、日本のように同じ動きを同じようにできるまで練習して、完成度を上げていくような集団行動を子どもたちがやれるかどうか(笑)」
ベルリンに移住して20年以上。現在は9歳と6歳のお子さんをひとりで育てながら、保育士として働き始めて3年が経つIdo Amonさん。「ここでは集団で何かをやらせる、誰かに合わせる、ということに、重きを置いていない気がします」と続ける。
「ドイツ人の傾向として感じるのは、『みんな自信があって、なんでも言いたいことを言う』ということ。自分の意見を言うことを大事にしている理由は、『戦争の時にみんながひとつの意見に流されてしまった、その反省なんだ』って聞いたことがあります。
それと、やはり小さい頃の教育も関係しているんでしょうね。日本だと、集団に属してそこに適応しようとして、合わななかったらダメ、という傾向があるけど、ドイツでは個人として見られる分『私は私でいい』というメンタルが築き上げられる気がします。例えば、ベルリンのとある小児科の先生は、一応白衣を着ているけどパンクな赤い髪型をしていて、そんなふうに見かけと中身のギャップが激しい人が多いんです。つまり、人を見かけで判断しないし、自分を卑下することは無い印象がありますね」
残業はしたらいけない、「したら罪」くらいの意識。「それは権利としてあるものだし、自分の権利を守るのは当たり前」という雰囲気の中、生活保護や母親手当、子ども手当など、国からの補助も手厚い。
「その補助で生活していけてしまうこともあるからか、移民や難民の人の数も増えています。私が働いている保育園も、半数の親がそういう背景を持った子どもたちです。子どもはすぐに環境に適応できて、ドイツ語も話せるようになるけど、大変なのは大人ですね。親がなかなかドイツ語を話せるようにならなくて、子どもは自分の国の言葉を忘れていって、いつしか家族間でコミュニケーションが取りづらくなってくる、という話を聞くこともあります。
また、難民の方(移民のうち、紛争や迫害など、自発的でない理由で移動を強いられる人々)は家がないために、ベルリン市内にいくつか借り住居が提供されています。市によって建てられたコンテナハウスが、私が働く保育園の真横にもあります。
戦争の影響で、私の子供の小学校にはウクライナ出身の子が来るようになりました。そんな多様な文化圏の人々が集まっているので、ドイツの多くの教育現場は多様性についての対応が一歩先を行っている印象がありますね」