デンマーク・エスパゲーア🇩🇰
特別支援学級で、アートの楽しさを通して
子どもたちをつなぐ
「もともと日本でも、特別支援学校で働いていました。デンマークでは公立学校の学童にも勤めましたが、『ここじゃないな』と思って、特別支援教育に戻ったんです。理由は、特別支援教育のほうがクリエイティブだと感じたから。
教育って、教え方はひとつじゃないし、その子にあった教え方やアプローチの仕方を試行錯誤しながら考えていくのが面白い。そういった意味では、特別支援教育を受ける子たちは発達のスピードがゆっくりなので、本当にじっくり一緒に何かができる。学力をつけることがすべてではなくて、その子が生きていくのに必要な力をつけるとか、『私はこれができる』『これが好き』を感じられる授業を心がけています。今はデンマークで特別支援の正式な教員として働き始めて12年になりますが、本来教育ってこうあるべきじゃないかって、ずっと感じているんです」
コペンハーゲンから北に35キロの港町、エスパゲーアで、小2〜小5の知的発達障害のある子ども達に美術を教えているピーダーセン海老原さやかさん(以下、さやかさん)。授業の内容は、決して難しいことではなく、その子たちができることから始めるのだそう。
「『感覚刺激』って言うんですけど、いろいろな感覚を刺激することを大事にしていて、例えば糊(ノリ)って触り心地が気持ち悪いんですよ。でもそういう経験をしないと感覚が発達しない。あとは絵を描いたり、iPadで動画を作ったり、粘土で立体を作ったり。クリスマス前の時期だとプレゼント用に、風船をふくらませて和紙を張っていって、ランプシェイドを作ったりしています。美術館を利用する授業もありますね。
ときにはテーマウィークを設けて、最近だと“各クラス(7人くらい)ひとつの国をテーマにして授業する”というのをやりました。私のクラスのテーマは“クロアチア”で、『観光客として休暇に行ったイメージでやろう』と決めて、まずは子どもたちにパスポートとチケットを作って。学校の屋根裏に帽子とか、ドレスとか、カバンとかがあったので、それを持ってきて、子どもたちに『これからクロアチアに行きますから、好きなものを選んでください』と伝えて、パスポートとチケットを渡します。それから、クラス内の大きいボードにYouTubeで飛行機の動画を映し出し、椅子を2列に並べて、おたまを用意して子どもたちの体をなぞって“セキュリティーチェック”。ジュースを配って『到着しました』となって、入国カウンターもクロアチア人の先生がクロアチア語で話をしたりハンコを押してくれたりして。そこで観光地の写真を3つ用意しておいて、『首都、旧市街、海、これからみなさんどこに行きたいですか?』と子どもたちに選んでもらって、朝描いておいたぬり絵を自分が観光地にいるようにコラージュにして……。特別な時は、ここまでやることもあります、私も楽しみながら」
現在は管理職のため担当クラスは減るも、実はさやかさんは“絵の分析士”として、子どもたちの絵を分析する時間を毎週1時間持っているそう。
「子どもをひとりピックアップして、自画像、木、クラスメイト、家族、家の5つのモチーフを描いてもらうんです。私が横でずっと見ていたら描きにくいと思うので、私も一緒に描きながら、子どもが何から描き始めているのか、何を描いていないのか、どのくらいの速さで描いているのか、その様子を観察するというのをずっとやっています。
私もまだ勉強中なのですが、筆跡学と深層心理学を合わせた分析で、絵は感情や考えがそこに表れるし、紙は子どもの“人生のスペース”と考えられているんです。
エネルギーがある子は大きな絵を描いたり、逆に不安がある子は小さい絵や、紙の端っこに描いたりする傾向がある。もちろん一枚の絵は一瞬のことなので、何年にも渡って分析することが推奨はされているんですが、子どもの日々の発達や心理的安全を知る手がかりとして参考にしています。
先日、『〇〇くんが家族の中にお父さんを描いてなかったんだけど』と担任に聞くと、『実はお父さんは全然連絡がなくて、保護者会にも来ない』と言っていて。絵は雄弁です」
そもそもさやかさんが“絵の分析”に興味を持ったのは、息子さん(当時6歳)の書いた一枚の絵がきっかけだったそう。
(以下さやかさんnoteより抜粋)
ワタシの左手はナイフのようで、ワタシの肩に乗っているのは多分次男。刀の様なものを持っている。Mの顔は曖昧で右手がない。彼の肩の乗っている長男は顔がない。
この絵を見た時ハッとして、申し訳ない気持ちで悲しくなった。多くを語らない長男の、叫びの絵。
今から約10年前。当時さやかさんは、仕事をしながら教員養成学校に週1回のペースで通っていて、げっそりと痩せ、髪の毛も抜けるほど「ストレスはMAXで、テスト前は修羅場だった」。そのストレスが子どもたちにも伝わり、息子さんの絵に表れていたのだそう。
「教員の資格を取らないと、ワタシのデンマーク生活「真っ暗」「後がない」と思っていた」そんな時期を乗り越えて、現在さやかさんのふたりの息子さんは、16歳と12歳になり、デンマークで「のびのびと楽しく育っています」。
「私もここで学校に行きたかったです(笑)。ポジティブな大人に囲まれて育つって、いいなと思いました。私の頃は、大人が権威とか脅威とか権力で子どもを黙らせるという教育でした。人として大事に育てられている息子たちを見ると、どれだけ人生変わるかな、と」
さやかさんいわく、デンマークの大人たちは「楽しくやろうぜ、と言うのが前提にある」そう。
「どこかくすくすっと笑わせるユーモアがあって、国会の答弁でも面白いことを言ってたりします。あと、仕事が大体16時に終わることもあって、“イヴニングスクール”といって大人が行くカルチャーセンターみたいなものも盛んだし、地域のコミュニティへの参加も積極的です。電車のラッシュアワーが15時半から17時半ですから。よく幸福度の高い国として紹介されますが、こういった社会とのつながりは大きいんじゃないでしょうか」
そんなデンマーク人の性格も表す、好きな言葉があるそう。
「PYT(ピュット)といって、意味は『まあしょうがないか』って感じなんですけど、デンマークでは『ここまでは私ができること、ここからは私ができないこと』というのがわりとはっきりしていて。社会はいろいろな人とつながってできているから自分でなんでもしようと思っていないというか、私が私が、という感じがあまり無いんです。だから、例えば仕事でうまくいかない時は、『PYT!(しかたない、次行こう!)』と言って、気持ちを切り替えます。フライングタイガー(北欧発の雑貨屋)に以前『ピュットボタン』が売っていて、それが職員室の入り口に置いてあったんです。保護者や上司から嫌なことを言われたらみんなそれを押して、『よし、教室行こう』みたいな感じで使っていましたよ」
日本とデンマーク。文化も生活習慣も違う両方の国で、特別学級を経験してきたさやかさん。でも、子どもたちに関しては、国が変わっても変わらないと思う共通点があるそう。
「今のデンマークの学校で最初に担任したのは、“重度重複心身障害”というカテゴリの子どもたちで、車椅子に乗っていたり、発語によるコミュニケーションが難しかったり、身体的、知的に重い障害があります。脳性麻痺の子も毎年必ずいます。日本でもそういう子たちと接していたのですが、あらためて思うのは、障害が重かろうがなんだろうが、子どもたちはみんな“遊ぶことが大好き”だということ。それは、世界中の子どもたちが同じだし、そういう“楽しい”ことで人はつながっていけると思うんです。だから、そのひとつとして、みんながそれぞれのやり方で参加できる“アート”を通した教育は、包容力があるし、さらなる可能性を感じています」
取材・文/Questionary編集部