INTERVIEW

INTERVIEW

When I was your age

「わたしが君の年だったころ」

プロフィール

嶋田和子

日本語教育専門家・実践家

嶋田和子(シマダカズコ)さん

昭和21年東京都生まれ。津田塾大学英文科卒業。外資系銀行に就職後、専業主婦を経て日本語教師となる。平成2年から国際青年交流学園イーストウエスト日本語学校に勤務。副校長まで務めた後退職。現在はアクラス日本語教育研究所代表理事、日本語教育学会監事、杉並区交流協会評議員および日本語教室統括コーディネーターなどに携わっている。著書『外国にルーツを持つ女性たち』(ココ出版)は、日本人と結婚した外国人女性たちの、文化の違いをパワフルに、前向きに乗り越えていくノンフィクション。『できる日本語』シリーズは、新しい日本語教育を目指して作成された教科書。

「みんなでいっしょにやりたい」

小学校時代はなんにでも興味がある子でした。母はおとなしい人だけど、とにかくなにかあると「でもそれってね」って、もういいよっていうくらいとことん”対話”してくれる人でした。
たとえば3歳で大阪に引っ越しをして、小学校5年生で東京に帰ってきたとき、「あんたなんとかかやなー」って大阪弁で話したら、クラスの子たちに馬鹿にされて。学校に行くのがイヤになってしまい、1週間は本当につらい毎日でした。 すると母がまたとことん対話してくれて、1週間後に勇気を出して学校の友だちの中に、どんどん自分から入っていこうとしました。転校したのは2学期だったんですが、もともと社交的な性格もあって、気づいたら3学期は学級委員をやっていました。
そんなふうに転校時につらい思いをしたので、学級委員をやっていたときはみんなそれぞれ違う人間だし、その違いを認めなきゃって思っていました。
それとね、小学校の時は社宅でしたから、近所の子どもたちといつも一緒に遊んでいたんです。あと、いとこが30人いて、一軒海の家を借り切ったり、大勢でスキーに行ったりも。みんなで行動するって、大変なときもあるけどたくさんパワーをもらえる! だから、ひとりでなにかをやるというよりは、みんなでいっしょにやりたいと思うのは、今も昔も変わりません。

取材・文/Questionary編集部

INTERVIEW / 2023.10.17

  • わたしが君の年だったころ

プロフィール

嶋田和子

日本語教育専門家・実践家

嶋田和子(シマダカズコ)さん

昭和21年東京都生まれ。津田塾大学英文科卒業。外資系銀行に就職後、専業主婦を経て日本語教師となる。平成2年から国際青年交流学園イーストウエスト日本語学校に勤務。副校長まで務めた後退職。現在はアクラス日本語教育研究所代表理事、日本語教育学会監事、杉並区交流協会評議員および日本語教室統括コーディネーターなどに携わっている。著書『外国にルーツを持つ女性たち』(ココ出版)は、日本人と結婚した外国人女性たちの、文化の違いをパワフルに、前向きに乗り越えていくノンフィクション。『できる日本語』シリーズは、新しい日本語教育を目指して作成された教科書。

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