みんなと同じ教科書を使った勉強が、私には合わなかった
私の母は、私が「これやってみたい」と言ったことを、いつも「いいね」と言ってくれました。そのおかげで、なにかをやりたいと思った時、その気持ちをいつも安心して伝えてきたし、自分がやりたいことは自分で決める、という環境の中で生きてこられました。
小学生の頃は、何か優れていたわけではなくて、勉強ができなくて運動は比較的できる子でした。国語・数学・理科・社会・英語の、いわゆる社会的に大事だと言われる5教科の成績が5段階で1と2ばかりで、体育、美術、家庭科、音楽は5。普通だったら「もっと勉強したほうがいいんじゃない?」と言われると思うんですが、うちの母はその成績表を持って帰るとすごい喜んでくれていたんです。
「しいな、運動ほんと上手だよね!」
「絵もうまくて、縫い物も得意だし、本当にすごいね」
「(5教科の成績が1と2ばかりなのは)学校ってしいなの良さを評価できていないんだね」
「できるところを伸ばせばいいんだよ」
って言われていたから、自分が得意なことだけをとにかく突きつめて、「自分てすごいんだ」って思っていました。
とはいえ、勉強はちゃんとしていたんです。ただ、やってもやっても、勉強の仕方が悪かったのか点数に表れなくて。みんな違う人間なのに、同じ教科書を使って勉強しているじゃないですか。私はそのやり方が合わなかったんですね。
ただ、学校は大好きだったし、毎日行っていました。中学を卒業した後は、今よりもさらに楽しいことがありそうで「語学留学したい」と思って母に相談したんです。そうしたら、「英語を身につけるためだけの留学だったら日本でもできるから」と言って「しいなが好きそうな学校があるよ」と見つけてきてくれたのが、バリのグリーンスクールでした。「楽しそう!行きたい!」とすぐ決めました。
英語は、バリに行ってからBe動詞を覚えたようなレベルでした。Helloと言われても、最初の頃はI’m fine thank youも言えず笑ってごまかしていたけど、1年後には授業についていけるレベルにはなっていました。教科書もなくて、私にはとても合っていたと思います。
今は大学を休学してるんですが、休学するとき母に「理由を教えて」と言われて、「大学は待ってくれるけど、気候変動は待ってくれない」と、きちんと気持ちを伝えたら「いいよ」と言ってくれました。4年間みっちり通って卒業しなければいけないとも思っていなかったし、自分がやりたいことを仕事にしたいと思っていたので。
こんなふうに、いつも好奇心のおもむくままに動いています。なにごとも衝動的だから、「動物っぽい」ってよく言われますね。友達と一緒にご飯を食べに行って、友達が頼んだ料理が来たのを見て私が「食べたい!」と思ったら、友達より先に食べちゃうこともよくありますから(笑)。