INTERVIEW

INTERVIEW

When I was your age

「わたしが君の年だったころ」

プロフィール

中村憲剛

サッカー元日本代表

中村憲剛(ナカムラケンゴ)さん

1980年10月31日生まれ。中央大学卒業後、2003年に川崎フロンターレに加入し、同年Jリーグ初出場。以降、現役生活18年をすべて川崎で過ごし、Jリーグ通算546試合出場83得点を記録。司令塔として3度のJ1優勝に貢献し、Jリーグベストイレブンに8度選出、2016年にはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本代表では68試合出場6得点。2010年南アフリカ・ワールドカップ出場。2020年に現役を引退。以降、川崎フロンターレ・リレーションズ・オーガナイザー(FRO)やJFAロールモデルコーチ、解説業など、幅広い分野で活躍中。

「勝負事はやるからには勝て」父の言葉のおかげ

父は「勝負事はやるからには勝て」という人でした。

 

それは当たり前のことではあるんですが、小学生の頃から人一倍そう言われてきました。

 

とくにサッカーでは、自分が大好きなのに、やるべきことをやらないで負けるんだったら、やっている意味がないだろうぐらいの感じでした。

 

それぐらい「本気で挑みなさい」ということだったと思います。

 

父は広告代理店で働いていて、仕事の中で負ける経験ももちろんあったと思うんです。

 

だからこそサッカーで負けたときは、「お前のせいだ」とも言われました。

 

でも、サッカーは11人でやるスポーツ。

 

「そうかなあ?」と思いながらも、負けても人のせいにする癖がつかなかったのはその父の言葉のおかげだったと思います。

 

だから、今僕自身も自分の子どもたちや育成年代の子たちにサッカーを教えていますが、失敗しても人のせいにするのではなく、常に「自分にベクトルを向けなさい」と伝えています。

取材・文/Questionary編集部

INTERVIEW / 2025.02.20

プロフィール

中村憲剛

サッカー元日本代表

中村憲剛(ナカムラケンゴ)さん

1980年10月31日生まれ。中央大学卒業後、2003年に川崎フロンターレに加入し、同年Jリーグ初出場。以降、現役生活18年をすべて川崎で過ごし、Jリーグ通算546試合出場83得点を記録。司令塔として3度のJ1優勝に貢献し、Jリーグベストイレブンに8度選出、2016年にはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本代表では68試合出場6得点。2010年南アフリカ・ワールドカップ出場。2020年に現役を引退。以降、川崎フロンターレ・リレーションズ・オーガナイザー(FRO)やJFAロールモデルコーチ、解説業など、幅広い分野で活躍中。

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