ひと昔前は、学びの場は学校しかなかった。今は、学校“も”ある時代ーー。
子どもたちの多様性に合わせてさまざまな学びの選択肢が増えてきた今、それらを紹介していくシリーズ“シン・学校”。第二回目は、2017年にスタートした神戸の探究型の学習塾兼フリースクール『イドミィ』です。
代表の高橋惇さんは、元お笑い芸人で、2015年には「旅する先生」という旗を掲げて自転車で日本一周旅(474日間)をしながら、小学校24校、中学校15校、高校18校、大学5校で講演会や出前授業を実施し、今まで7000人以上の子どもたちに「一歩踏み出す勇気」を伝えてきたそう。そんな高橋さんが『イドミィ』に込めた想いとは?
Questionary まずは「イドミィ」を開校する前、「旅する先生」として自転車で日本一周旅をされています。その理由を教えてください。
高橋惇さん(以下、高橋)大学を卒業して、東京でお笑い芸人として活動を始めたのですがうまくいかず、夢をあきらめたのが25歳の誕生日でした。
そのときに、「もう失敗はできない。自分なりに一番の近道で、自分が理想とする教育を実現できるように成長したい」と思いました。また、世の中にはどんな子どもがいるのか、どんな学校があるのかというのを、教育者を目指す人間としてリアルに見てみたいという思いもありました。
25歳のフリーターがどうやったらそれを実現できるかを考えた末に、自転車で日本を一周して、現在進行形でがんばっている姿を子どもたちに見せます、そんな特別授業をします、という企画書を作ったんです。
最初、唯一の頼みは母校しかなくて、その企画書を投げてみたんです。そうしたら、OKを出してくださって、一校目が決まりました。
そうしたら、「知り合いの先生を紹介するよ」とか、講演会をする前に、地方新聞に取材の依頼を出してくださって、取材された記事を見た人がまた連絡をくれたりとか、「旅する先生」という旗をつけて旅をしていたので、学校の先生が偶発的に僕の姿を見て、webで調べて連絡をくださったりしました。
Questionary でもそうやって広がっていったということは、講演の内容も良かったんでしょうね。
高橋 幸い3年間お笑い芸人の端くれをやらさせてもらって、しゃべる技術は学ばせてもらっていたので、うまくこなせていたという感じです。
旅を始めた頃は色白の細い男だったんですけど、だんだん色黒でムキムキになって、旅をしている最中という説得力も増して、どんどん学校からの講演依頼も増えて無事ゴールできました。
Questionary ちなみに最初の目標だった「いろいろな教育現場を見て、どんな生徒がいてどんな先生がいるか」といったことは、肌で感じることができたんでしょうか?
高橋 実はいろいろな学校に行く中で、子どものことがわかったとか学校のことがわかったという部分はあまりなくて、どちらかというと、自分自身のことがわかったんです。
Questionary というと?
高橋 例えば講演会に行って30人の生徒がいたときに、一番最初に「僕は今から『こんにちは』と言うので、『こんにちは』と返してください、こんにちはっ」て言った時に、すごく大きな声で言う子とか明るい感じの子はあまり目に入らなくて、窓際にいるような子がめっちゃ気になったんですよね。
体育館で講演をしていた時も、途中から保健室の先生と一緒に来た子がいて、自分はそういう子のほうが気になることがわかったので、そういう子たちの心を満たす場所を作りたいと思ったんです。
それで教員採用試験を受けようと思ったんですけど、そういう子たちの居場所を作ってあげたいという気持ちと、あとは自分は学校で働くよりも学校を作る、雇用される側ではなく、雇用する側のほうが向いていると思って、「イドミィ」の準備を始めたんです。
Questionary なるほど。生徒さんはどんなふうに増えていったのですか?
高橋 偶然なのですが、街で自転車がパンクして困っていた中学生がいて、なんかかわいそうだなと思って、自転車で日本一周したくらいですから直すのも得意だし、声をかけたんです。で、話していたらその子が「塾が面白くない」と言ったので、「じゃあ、うちの塾入りーや」みたいな感じで、一人目の生徒が入りました。そこから口コミもあってどんどん増えていった感じです。
Questionary 「イドミィ」の由来は「挑む」から来ていて、I will do my best の略とも伺いました。「子どもたちが一歩踏み出せる環境」を作るために、「実体験こそ最大の学び」を掲げてとてもユニークな活動をされています。とくに「ええねんず」(学校に行っていない小中学生が通える午前中のクラス)との本作りはとても印象的でした。
高橋 始めたきっかけは、不登校の子たちと成功体験を共有したかったんです。ある日ひとりの中学生が「学校に行く意味がよくわからへんのや……」と言ったので、「それならオトナに聞いてみよう!」と提案しました。
100人の大人にアンケートに答えてもらって、せっかくなのでそれを自分とふたりの生徒、そのふたりは兄弟だったんですけど、「学校休んでええんかな?」という1冊の本にまとめました。全国13万人(当時)の不登校生の1%にあたる1300人にこの本を届けることを目標にして。結果16万円くらい売り上げたんです。でも、その生徒ふたりは次の週から来なくなりました(笑)。
Questionary え!? なんでですか?
高橋 たぶんすごい満たされんでしょうね。ひとりは学校に行き始めて、もうひとりは英会話を勉強したいと言って、「それなら英会話学校行った方がいいよね」となって、「応援するから。がんばってな!バイバイ」という感じです。
こんなふうに、「イドミィ」に来ると子どもがエネルギーがたまって、巣立っていくパターンがよくあります。とてもいいことなんですけどね。
Questionary ほかにも休日に、アウトドア体験を年間30回以上やられていると聞きました。危険を伴う場合もあるでしょうから、スペシャリストの方に帯同してもらうんですか?
高橋 いいえ、自分で「キャンプインストラクター」の資格を取りました。自分は性格的にめっちゃ「気にしぃ」で、すぐお腹が痛くなるんですけど、こういう資格を持っていると安心なので。
Questionary その資格は「イドミィ」を始めてから取られたんですか?
高橋 はい。それで言うともうひとつ、最近子どもたちの間で飲食店をするのがブームで、つい先日もおでん屋さんをやったんです。それも食中毒とかになったら怖いので、「食品衛生責任者」の資格も取りました。
Questionary ちょっと待ってください(笑)。そんな簡単に取れるものなんですか?
高橋 意外と簡単に取れます。数十時間のカリキュラムを受けて合格できれば。
Questionary すごい。お客さんは身内以外の方も来られるんですか?
高橋 今回のおでん屋さんで初めて身内以外の方が来るようになりました。うちの子どもたちがどんどん改善していく中で、ポスターは教室の中に貼るのではなくて、外のほうがいいんじゃないかという話になって。それで外に貼ったら、本当に知らない人、ただただおでんを食べたい人が来ました(笑)。
Questionary 面白いですね(笑)。生徒さんは今何人くらいいらっしゃるんですか?
高橋 生徒数は約100人、スタッフは10人です。
Questionary「イドミィ」のもうひとつの特徴が、出席認定(不登校の子どもが、出席扱いとなる場所)されてますよね。
高橋 はい、現在は約20の学校が出席認定をしてくれています。これも偶然のご縁で、大学の同級生で中学生の先生がいて、校長先生に頼んでくれて。実はその同級生は、さっき話した「学校休んでええんかな?」の本を一緒に作った子の担任だったんですけど。そうやって第1校目の前例ができて、そこから広がっていった感じです。
出席認定を取りたいと思った理由は、別にここに来ることって全然悪いことじゃない、胸を張っていいということを、生徒本人たちにも、保護者さんたちにも伝えたいという思いがありました。あとは、子どもたちの自己効力感につながるといいなって。
Questionary 午前中が不登校の子どもたち向けで、午後3時以降は学習塾のように国語・算数クラスと、探究クラスがあるんですよね? 探究クラスはどんなことをやられているのでしょうか?
高橋 2024年は「働く・お金・幸せ」をテーマにしていて、テーマだけ決めて、あとは基本的には子どもたちに任せています。働く+お金=幸せなのか、働く=お金+幸せなのか、働く=お金=幸せなのか。子どもたちがどう捉えているかは現在進行形で動いているのでまだわからないのですが、実際に働いてみようと提案していて、子どもたちはいろいろな職業を体験しているところです。
Questionary 今後はどういうスクールを目指していきたいですか?
高橋 そうですね、例えるなら「町の中華料理屋さん」になりたいと思っています。
うちのすぐ近くに洋食屋さんがあって、全国とか海外からもお客さんが集まって、2時間ぐらい並んでいるんです。でも、作っているのはひとりのおじちゃんで。
それとは反対の存在として、全国展開しているセブンイレブンがあると思っていて。つまり、「全国から集まる」と「全国に点在する」違いがあって、僕はもう全国に点在するほうは絶対できないんです。自分が目の届く範囲でないと厳しい。だから、「イドミィ」の範囲をなるべく今くらいにキープしつつ、オンラインでも直接でも、来たい人が集まれる場所にしたいなと思っています。
取材・文/Questionary編集部